見ている間ずっと、何かこう少女マンガを半ば強制的に見させられている様な、そんな気持ちだった。女性が作ったんだろうな。そう考えていたら案の定。監督、原作、脚本すべて女性。事前情報無し(洋画と思っていたほど)で僕が感じた、気持ちが悪いほどの予定調和は、そこに起因するんだろう。
女性による女性のための何とやら。まさしくそれだった。
僕の目には限りなく幼稚に映るこの映画は、一部大人な映画として評価を得ている。
徹底された長回し1ショットのだらだらワンシーンも、永作博美が演じる【型にはまった】型にはまらない自由奔放な女性像も、また余りにも思い通り、マンガの様に動く男・松山ケンイチも、シンデレラ症候群ライクな女性たちには心地良いのだろう。とても男性が見て楽しめる映画じゃあない。むしろ女性が持つ潜在的なエゴイズムに気持ちが悪くなるだろう。これを見て悦に浸るような男は残念ながらとんだオカマ野郎だと言わざるを得ない。
性差性別から話を戻して、この映画の特徴の1つである驚くほど効果的でない、しかも多用された長回しはどこから来るのかを思う。
カットが割れない。
- 中略 -
長い間、1年半くらい、撮影していたけど、その後カットの極意がわかったり、気楽に出来るようになるという事は一切なく、いつも初心者みたいな気分だった。
これからも初心者の心意気で映画を撮ろうと思う。
つまりはもともとカット割が下手なのだこの人は。
私の場合芝居が持つならそのままいっちゃえ、芝居がいいなら1カットで見せようと思っているんです。芝居が落ちてきたらカットを割るつもりだったんですが、全然落ちなかったんです。ずーっと面白くて、どうしたらいいのか、どこで切ったらいいんだろうと思ってカットをかけませんでした。今回は割れるシーンが少ないことにびっくりしました。
はい僕もびっくりしました。
前作の犬猫は見ていませんがおそらく同じような作風なのだろう。長回し、自然な演技、ふわふわした雰囲気。すべからく過剰。キャスティング含め好きな人もいるのだろう。しかしこういった邦画は往々にして「ストーリーとかあんまりだったけど演技は良かったね」などという訳の分からぬ評価に落ち着くのだ。そして完成度・予算およびプロ意識の低いこのような邦画はヨーロッパ・アート系だのミニシアター系、なんて風にカテゴライズ、コマーシャライズされて【大人な映画通】たちの小銭をせこせこ巻き上げるのだ。
好きな人たちは言う。感性の問題だ。
商業大作映画なんておかしくて見ていられないと。
嫌いな人たちは言う。自己満足映画に金と時間を使ってたまるか。
そんな二極化のねじれの中で、良い作品に出会うのはなかなか難しい。
ここのところ邦画に足が向かないその理由が、少し分かった気がした。
【予告編】
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