満たされない気持ちとか、何かに対する怒りとか(怒りが湧かないことへの怒りも含めちゃいなよ)、孤独とか不安とか虚無感とか、そりゃもういっそのこと憂国の気持ちだっていいよ。そういったもんを結構な人数が持ってるのに、それが大きな動きになって現われないのは残念だよねってお話です。
何かで紛らわす人もいれば、何かにぶつける人もいる。それで全てが上手く回ってるんだよね。対処の仕方なんて結構皆似通ってるんじゃないかな。方法なんて結局どうでもいい訳だしね。詰まるところ似たような気持ち抱えてそれぞれ生きてる訳ですから、こうなんていうか共有してさ(理解し合うとか共感するとかじゃないよここ大事)それを皆で使って大きいことすれば良いのにね。それは集合知やグリッドコンピューティングに似ているようで全く違うもの。そこには理性も、知性も哲学も、共通点も、強いられたポジティブな思考も必要無い、壮大で非建設的な動き。大量の人間が一箇所に集められた高揚感や興奮。あれに限りなく近い。同じじゃないけどね。
もちろん、それは世界が望むような動きになんかきっとならないよ。負の感情を撒き散らすほうが気持ちが良いからね。ゴミを拾いながら海岸を散歩する奴らなんか出てこないんじゃないかな。可能性はゼロでは無いけどね。勘違いしないで欲しいのはこれは革命思考や浄化思想なんかじゃないんだ。もっとパーソナルなものなんだ。神様(信じないなら、太陽とかにしておきなよ)に人間の不完全さについて嫌味を言う動きなんだ。
この先もずっと。酒を飲み交わす相手が変わり、小手先の考えが変わり、帰る家が変わり、横にいる人間が変わって夜中に小便をする回数が増えたって続く、人間の不完全さを呪うための動きなんだ。
君も一緒にどうかな。
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